第32話「少し浮いた存在」

長編小説

 寒暖の差は次第に激しくなり、風はただ単に冷たいだけでなく、生暖かいときも少なくなかった。日によってはシャツやブレザーだけでも過ごせた。

 三学期も終わりに近づいていて、あと残り二週間ほどとなっていた。

 ほとんどの先輩たちは受験が一段落したようで、中には部活に顔を出してくれる人もいた。無事合格が決まった香苗先輩とも、久しぶりに長く話すことができた。

「岡本さーん!」

 本条先生から名前を呼ばれて、麻里は解答用紙を受け取るために立ち上がった。結果は、七十七点。十五点以上も平均点を上回っていたし、前回と比べても少しよくなっていた。やっぱり、英語は好きだった。

 今回はケアレスミスをなくそうと臨んだけど、結局二問ほどもミスしてしまっていた。一つは単純なスペルミスで、もう一つは語尾の訳し方だ。一問もしていなければ、点数は八十点を超えていた。

 少しすると、すべての返却が終わり、最高得点が発表された――九十八点。

 その人はハーフの女の子で英語がよくできるというか、家では英語を使って会話することもあるそうだ。逆に何を間違えたのかのほうが気になった。その次の次に九十一点の涼が呼ばれていた。

「これが二年生の最後の試験ですよ」と先生は言った。「もう高校三年生になりますからね、次の試験は」

 最近は三年生になる自覚を持たせようとしているのか、多くの先生が高三とか高校三年生というフレーズを使っていた。そういう指示が出ているのかもしれない、とも少し思った。

 テストの解説が終わると残りは自習時間となり、しばらくすると日直による号令がかけられた。

 今日は秋穂が学校を休んでいたから、どうしようかなと迷っていると、玲奈が弁当を片手に教室を出ていくのが見えた。

 沙紀は気にしていないような様子で、涼と喋りながら机の上を整理していた。

 彼女から話だけは聞いていた。玲奈がチア部のある女子と喧嘩したそうだ。木曜日の放課後に話しているときに教えてくれた。

 別に殴り合いの喧嘩とかではなかったらしいけど、それをきっかけに少し浮いた存在となってしまったようだ。仲間外れにされているのは、端から見てもすぐに分かった。というか、だから何があったのかを訊いてみたのだ。

 といっても、沙紀も詳しくは知らないようだった。そういう揉め事には関わりたくないと話していたし、「別に、私が避けてるわけじゃないよ。向こうが私のこと避けてるんだよ」とも言っていた。

 彼女が嘘をついているようには見えなかったし、たぶん喧嘩した相手の女子との関係がおかしくさせたのだ。その子と沙紀は帰り道が似ているからか、いつも一緒に帰っていたりする仲だったから、結果的に彼女とも気まずい関係になったのだろうと想像していた。

 麻里はカバンから弁当を取り出し、それを片手に席を立って教室を出た。

 食堂に行ってみると、やっぱり玲奈は一人で食べようとしていた。入り口から三番目の机に壁際の席で、弁当のふたを開けているところだった。

 食堂の入り口から最も遠く、大きな窓がある側の明るい席には、いつも通り声の大きい男女グループが集まっていた。

 日光や入り口が関係あるのかは分からないけど、静かに食べたい人は入り口付近の壁側、とにかく騒がしいグループは入り口から遠い窓側と自然に分かれていた。

 麻里は食堂の入り口前で立ち止まり、やっぱり引き返そうかなとも考えていた。変に足を突っ込むつもりはなかったけど、大きなお世話であるような気もしなくはなかった。

 玲奈は自分に話しかえるなといった雰囲気を醸し出し、たいして隠そうともせずに机の上に携帯を出しはじめている。

 ただ、誰かから話しかけられるのを待っているような気もした。その直感に従い、やっぱり食堂に入ってみることにした。

 壁際を歩いている間、玲奈は右手で箸を使って弁当を食べつつ、たまに左手で器用に携帯をいじっていた。

 「携帯バレちゃうよ」と声をかけると、彼女は『誰?』という表情で見てきて、「ああ、麻里か」と呟くように言った。

「堂々と携帯出しすぎでしょ?」と麻里は前の席に座りながら言った。

「うん」と彼女も少し笑いながらポケットにしまった。

 その後に「食堂で食べてるんだね」と言うと、彼女は「うん、最近はね」と覇気のない声で答え、「なんで来たの? 麻里は」と続けて訊いてくる。

「今日秋穂が休みだから、誰か食堂にいるかなあと思って」

「ああ、だからね」

 弁当のふたを開けた後に「沙紀と何かあったの?」と訊くと、玲奈は「なんで?」と訝しげな表情を浮かべた。

「いや、一緒に食べてないから、何かあったのかなあと思って」

「沙紀とは何もないよ、別に」

 「あっ、そうなんだ。勝手に何かあったのかなあって…」と答えると、玲奈は「麻里には関係ないよ」と言ってくる。「まあ、そうだよね」と苦笑した後、二人の間に沈黙の空気が流れた。

 何を喋ろうかと迷っていると、彼女は沙紀ではなく他のチア部員と喧嘩したことを話しはじめた。その相手は以前から嫌いな女子だったそうだ。

「じゃあ、沙紀とはほんとに関係ないんだ」と麻里は一通り聞いてから言った。

「沙紀は関係ないよ、別に。でもどうせ陰で悪口言ってるんでしょ? 私のこと」

「悪口?」

「うん」と彼女は小さく頷いた。「あいつと沙紀は仲がいいから。中学校から一緒だし」

 「あっ、そうなんだ」と答えようとしたとき、彼女は「別にいいんだけどね」と遮るように続けた。

「どうせもうやめるつもりだし」と彼女は早口に言った。

「やめるって何を? チア部を?」

「うん、もうやめるつもり」

「やめちゃうの? このタイミングで」

「うん」

「あと半年ぐらいじゃん」

「別にいいよ、あと半年でも。というかもう退部届ももらったし、あとは書いて出すだけ」

「いいの? ほんとに」

「うん、全然いいよ」と彼女は少し笑いながら答えた。「最近はチア部の練習があるほうがストレスだし」(第33話に続く)

第33話「久しぶりの感覚」

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