第30話「部活ばかり」

長編小説

 ひどく冷たい風が流れていたので、寒さによる痛みさえも少し感じた。

 何の理由で開けられたのかが分からない窓を閉めた後、涼は鼻の奥に液体を感じたのでそばを吸うような音を立てていた。ただ、鼻水が喉のほうにまで流れてしまい、少し吹き出すように咳き込んだ。

「涼、風邪か?」とたまたま近くにいた俊平が訊いてくる。

 「ちょっとだけね。別にたいした――」と答えると、彼は「じゃあ、沙紀に治してもらえよ」と遮って言ってくる。

「うるせえよ」

 そう答えると、彼はわざとらしく大きく笑った。その後に「なあ、何て言われたんだよ。教えてくれよ」と雑に訊いてくる。

 もちろん沙紀からの告白のことで、前からしつこいほどに訊いてきた。何一つとして答えていなかった。

 ただ、もうすでにメールで告白したことは広まっていた。

 たしかに間違ってはいないけど、実際のところはメールだけではなかった。というか自分の中では、電話で告白されたといったほうが正しいような気もしていた。

 一月中旬、隣の席にいる沙紀から「今日の夜、暇?」と唐突に訊かれた。お互いに部活動のない木曜日だ。

「ああ、うん。何もないよ」

「今日の夜に、ちょっとメールするかも」と彼女は伏し目がちに言った。

 いつもと違う雰囲気に疑問を感じながらも「ああ、別にいいけど…」とだけ答えた。そのときの会話は、そこで終わった。

 その日の夜に、彼女からメールが届いた――〈いま時間大丈夫?〉。すぐにメールに気づき、五分以内には返していた。

 そこからほとんど会話のようなメールを交わして、〈いま好きな人いたりするの?〉と訊かれた際に察した。

 その雰囲気が伝わったからかは分からないけど、彼女は〈いま電話してもいい?〉というメールを送ってきた。そこで想いを告げられた、というのが本当の話だった。

 だからメールだけではなかったし、むしろ電話のほうが正しいと感じていた。

「いやあ、今日のフィジカルだるいなあ」と俊平が弁当を片手にやってくる。

「また四百メートルダッシュだろうな、最後は」

 今日のサッカー部の練習はフィジカルトレーニングと決まっている。というか、隔週金曜日がフィジカルトレーニングとなっているのだ。

 フィジカルトレーニングはシュート練習とかミニゲーム(試合)をするのではなく、主に筋トレや走り込みといったトレーニングだ。

 多くの部員が嫌っていることで、メニューは変わることもあったが、ここ数か月ほどはほとんど変わっていなかった。

 前半に二人一組とかで筋トレを行い、後半は四百メートルを制限時間内に走り、少し休憩してから再び四百メートルを走る。そのくり返しだ。もちろん筋トレもきつかったけど、四百メートルダッシュを恐れているやつのほうが多かった。

 四隅に赤コーンを置いて作った一周二百メートルの枠を二周するのだが、制限時間内に走り切れなかったら、その場で退場のように練習から外されることになる。

 その後は周りが苦しんで走っている中で、横で終わるのを待ちながら見ていることしかできない。

 わざと制限時間に間に合わないように走って逃れることもできたが、最近はだいたい脱落者が増えるタイミングも全員分かってきていて、そこまでは逆に続けられないと白い目で見られることも少なくなかった。

 俊平はキーパーだからというのもあってか、最初の脱落者になることも珍しくなかった。プレイヤーは練習や試合でも動いているので走り慣れているけど、キーパーはたくさん走るポジションではなかったから、急に長距離を走らされているような気分になるそうだ。

 俊平が「あんな走らなくていいんだよ、キーパーは」と嘆くように言ったとき、沙紀が四時間目の教室から戻ってきた。

「あれ? 遅くねえか?」と俊平は言った。「もう十分近くも経ってるぜ」

「いや、授業が延びたんだよ」と彼女は答えた。「先生が『ここまでは終わらせたい』とか言って」

「最近多いよね? 授業が延びるとき」と涼は少し気になって訊いた。

「ああ、それ私も思った」

「どうせ、あれだろ」と俊平は答えた。「もう少しで三学期が終わるから、それまでに終わらせなくちゃいけないところがあるんでしょ。次の学期はもう高三になっちゃってるし」

「ああ、なるほどね」

 そう答えたとき、玲奈が弁当を片手に教室を出ていくのが見えた。もちろん、事情は聞いていた。あるチア部員と揉め事を起こしたそうだ。

 それをきっかけに、沙紀は少し気まずい関係になってしまったと話していた。

 その話を聞いた後、俊平は「やっぱ、女子って怖いな」と少し笑っていたけど、沙紀は聞こえなかったかのように弁当を食べ続けていた。ほんの一週間ほど前の出来事だ。

「いやあ、マジでだりいよ…」と俊平は話を戻すように言った。

「何が?」と沙紀は訊いた。

「今日のフィジカルだよ」と涼は代わりに答えた。

「ああ、フィジカルね。走るやつでしょ?」

「そう」

 その後も駄々をこねる子どもかのように、俊平はフィジカルトレーニングのだるさを話していた。

 いつもなら気にならないことだったが(というか、ほとんどの部員がフィジカルトレーニングは嫌だと愚痴っているが)、少し心配しているところもあった。

「いっそのこと、もうサッカー部やめちゃおうかな」

 練習後に着替えているとき、俊平が冗談っぽく口にした言葉だ。どんな流れで言ったかは忘れてしまったけど、その言葉だけは印象的に頭に残っていた。もちろん、ただの冗談ではないような響きがあったからだ。

 彼はポジション争いに完全に敗れていた。新チームができはじめたときは前半が俊平、後半は一つ下の勇人がキーパーを任されていた。監督からすれば、どちらがいいかを試していたのだろう。

 結局夏休みが終わった頃に、正ゴールキーパーとなったのは勇人だった。別に監督の誤りとかではなく、ほぼ誰もが納得する選ばれ方だ。俊平も監督を恨んでいるわけではなかった。

 その後もまったくといって変わらず、公式戦では勇人がゴールを守り続けていた。

 あるとき、俊平は「勇人が怪我するかもしれないだろ?」と言い、「そんときのためにいるんだよ、俺は」と投げやりに続けた。

 ただ、勇人はすごい安定感があるだけでなく、試合に出られなくなることもなかった。あの弱音さえも現実にはならなかった。

 また自分が沙紀と付き合いはじめたのも、本当はよく思っていないのかもしれないと少し感じていた。

 沙紀とまだ付き合っていない、来週にクリスマスが控えている頃、午前中に授業が終わったので部活がはじまるまで時間をつぶしていた。

 そのときにクリスマスを話題にして喋っていて、俊平は少し投げやりに愚痴を漏らしていた。

「何か高校生らしいこと全然してないよな。去年のクリスマスも部活して、あとはゲームしてただけだぜ。虚しすぎたわ、何か。部活ばっかりもつまらないよな……もうイライラするよ、いろんなことに」

 その言葉に何と返したらいいのかが分からず、二人の間には静まり返った空気が流れていた。

 またいま言われたとしても、あのとき以上に何と答えたらいいのかが分からなかった。(第31話に続く)

第31話「静かな失恋」

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