第26話「疲れ気味」

長編小説

 木曜日の昼休み、いつも以上に口数が減っていた。

 沙紀が「今日、何か疲れ気味じゃない?」と訊いてきたが、涼は「いや、別に疲れてないよ。ただちょっと眠たいだけ」と答えた。

「そりゃ疲れるよな?」と俊平は言った。「なんで今日に練習入れるかな、マジで」

「ああ、日曜日に公式戦があるんだっけ?」と沙紀は訊いた。

 通常は木曜日にサッカー部の練習はないが、今日は特別に練習が組み込まれている。野球部の許可を取って校庭の隅を借り、そこでミニゲームとかセットプレーの確認をすると聞いていた。日曜日の公式戦のためだ。

 ただ、練習に参加するのはマネージャーとメンバーに入ったやつだけで、メンバーに入っていないやつはいつも通り休みとなっている。

 対戦相手はリーグ戦で順位が一つ上にいる高校で、もし勝てたら順位をひっくり返すことができる。かなり重要な試合だった。

「いやあ、でもそれにしたって練習しすぎな気がするよ」と俊平は事情を説明し終えてから言った。「今日もやって、明日もやって、土曜日もやって、日曜日に試合だぜ」

「月曜日もあるんじゃないの? サッカー部は」と沙紀は訊いた。

「ああ、そうだ。月曜日もあるじゃん! だから今日もやって、明日もやって、土曜日もやって、日曜日もやって、月曜日もだよ。どんだけ練習するんだよ」

「大変だね、サッカー部って」と玲奈は言った。

 沙紀が「私たちだったら、絶対に休むよね?」と訊くと、玲奈も「うん、絶対にね」と笑いながら答えた。

 ちなみにチア部も、かなりハードな部活として知られている。部員数はサッカー部よりも多かったし、たぶん活動日数もほとんど同じだった。もちろん、二人が休むような性格ではないことも分かっていた。

「クリスマスにも練習あったからな、普通に」と俊平は言った。

「クリスマスにも?」と沙紀は訊いた。

「そうだよ。クリスマスにもあったよな? 涼」

「…ああ、うん」と涼は頷いた。

 沙紀が「うちら、クリスマスに練習あったっけ?」と訊くと、玲奈は「いや、クリスマスにはなかった気がする。イブにあったんだよ、クリスマスイブに」と答えた。

「というか、あれもひどくねえか? 涼」と俊平が訊いてくる。

「あれって?」

 そう目尻をかきながら訊くと、彼は冬休み中に起きたトラブルについて話しはじめた。他校へと試合しに行ったとき、後輩たちがボールバックを一つ忘れてしまった話だ。

 後日その高校から連絡が入り、わざわざ送ってきてくれたらしい。

 その出来事を聞き、大柳監督は激怒した。練習は走り込みに変わってしまったし、もちろん連帯責任として部員全員が走らされた。

 過去にボトルを忘れてしまったことはあったけど、さすがにボールバックは初めてだった。

 自分は走り込みになったのも仕方ないと思っていたが、俊平は少し理不尽に感じているようだった。沙紀と玲奈は「たしかに、それは厳しいね」と言っていた。

 ときどき相槌を打ちながら弁当を食べていると、俊平が「涼、聞いてねえだろ?」と唐突に言ってくる。

「えっ?」と涼は箸を止めて顔を上げた。

 その表情を見て、沙紀は「あっ、絶対聞いてなかった!」と笑い、俊平は「全然聞いてねえじゃん…」と呆れるように言った。

「いや、聞いてるよ」と涼は小さく首を振った。「フィジカル(トレーニング)になったやつでしょ?」

「いや、そうだけど…」と俊平は言った。「あれはおかしくねえか?」

 「いや、まあ…」と曖昧に答えると、沙紀が「やっぱ疲れてない? 涼」と再び訊いてくる。涼は「いや、ちょっと眠いんだよ」と答えた。

 昨日寝たとき、時刻は夜中の十二時を回っていた。普段は夜十時半までには寝るようにしているから、自分にとってはかなり遅めの睡眠だった。

 それまで部屋で勉強していたけど、いつも以上にしていたわけでもなかった。普段とほとんど変わらない量だ。

 毎日やるべきことを書き出しているから分かったし、何も詰め込みすぎたわけでもなかった。というか昨日は紙に書き出したことすらも終わらず、あまりにも遅くなってしまったから寝たのだ。

 普段から一日ごとにやるべきことを紙に書き出して、それが終わるたびに横線を引いていくのだが、昨日は一個しか消せていなかった。たぶん集中力とかの問題だったし、たまにあることだった。

「大丈夫?」と沙紀が訊いてくる。

「そんな疲れてるのか?」と俊平も続けて訊いてくる。

「いや、疲れてるっていうか、単純に寝不足だと思う」

「うん」と沙紀は言った。「現代文の授業中も、少しうとうとしてたよ」

「珍しいな、こんな涼の姿」と俊平は意外そうに言った。「ちょっと寝れば? 昼休み中に」

「うん、そうしたほうがいいと思う」と玲奈は言った。「私たちが起こすよ」

「ああ、うん…」と涼は答えた。「ちょっとだけ寝ようかな」

「俺はさっきの授業で寝たから、今はもうまったく眠くねえぜ」

「ずーっと寝てていいよ、俊平は」と沙紀はわざと冷たいトーンで言った。

 俊平が「それ、もう死んでるじゃねえか」と笑いながら言う横で、涼は弁当にふたをしてカバンへとしまった。その後に腕を枕にして頭をのせた。

 そのすぐ近くで、俊平は一年の頃に授業中にいびきをしながら寝てしまい、先生から怒鳴られてしまったエピソードを話していた。その最後のほうから意識が薄れていき、涼は穴に落ちるかのように寝はじめた。

 チャイムが鳴る数分前に右肩を揺すられて起こされた。顔を上げると、沙紀が「もうそろそろ鳴るよ」と教えてくれた。俊平と玲奈は知らぬ間にいなくなっていた。

「大丈夫?」と彼女が訊いてくる。「寝れた?」

「うん、だいぶ」と涼は目頭を擦りながら答えた。「あれ? 俺、何分寝てた?」

「何分? えーっと、たぶん二十分ぐらいじゃない」

「二十分か…」

「まだ眠いの?」

「いや、逆にすっきりしたから」

 そう言いながら軽く伸びをすると、沙紀は「ほんと疲れてたんだね」と微笑むように笑った。涼は「うん……ちょっとね」と目元を擦りながら答えた。(第27話に続く)

第27話「木曜日は嫌い」

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