木曜日の昼休み、いつも以上に口数が減っていた。
沙紀が「今日、何か疲れ気味じゃない?」と訊いてきたが、涼は「いや、別に疲れてないよ。ただちょっと眠たいだけ」と答えた。
「そりゃ疲れるよな?」と俊平は言った。「なんで今日に練習入れるかな、マジで」
「ああ、日曜日に公式戦があるんだっけ?」と沙紀は訊いた。
通常は木曜日にサッカー部の練習はないが、今日は特別に練習が組み込まれている。野球部の許可を取って校庭の隅を借り、そこでミニゲームとかセットプレーの確認をすると聞いていた。日曜日の公式戦のためだ。
ただ、練習に参加するのはマネージャーとメンバーに入ったやつだけで、メンバーに入っていないやつはいつも通り休みとなっている。
対戦相手はリーグ戦で順位が一つ上にいる高校で、もし勝てたら順位をひっくり返すことができる。かなり重要な試合だった。
「いやあ、でもそれにしたって練習しすぎな気がするよ」と俊平は事情を説明し終えてから言った。「今日もやって、明日もやって、土曜日もやって、日曜日に試合だぜ」
「月曜日もあるんじゃないの? サッカー部は」と沙紀は訊いた。
「ああ、そうだ。月曜日もあるじゃん! だから今日もやって、明日もやって、土曜日もやって、日曜日もやって、月曜日もだよ。どんだけ練習するんだよ」
「大変だね、サッカー部って」と玲奈は言った。
沙紀が「私たちだったら、絶対に休むよね?」と訊くと、玲奈も「うん、絶対にね」と笑いながら答えた。
ちなみにチア部も、かなりハードな部活として知られている。部員数はサッカー部よりも多かったし、たぶん活動日数もほとんど同じだった。もちろん、二人が休むような性格ではないことも分かっていた。
「クリスマスにも練習あったからな、普通に」と俊平は言った。
「クリスマスにも?」と沙紀は訊いた。
「そうだよ。クリスマスにもあったよな? 涼」
「…ああ、うん」と涼は頷いた。
沙紀が「うちら、クリスマスに練習あったっけ?」と訊くと、玲奈は「いや、クリスマスにはなかった気がする。イブにあったんだよ、クリスマスイブに」と答えた。
「というか、あれもひどくねえか? 涼」と俊平が訊いてくる。
「あれって?」
そう目尻をかきながら訊くと、彼は冬休み中に起きたトラブルについて話しはじめた。他校へと試合しに行ったとき、後輩たちがボールバックを一つ忘れてしまった話だ。
後日その高校から連絡が入り、わざわざ送ってきてくれたらしい。
その出来事を聞き、大柳監督は激怒した。練習は走り込みに変わってしまったし、もちろん連帯責任として部員全員が走らされた。
過去にボトルを忘れてしまったことはあったけど、さすがにボールバックは初めてだった。
自分は走り込みになったのも仕方ないと思っていたが、俊平は少し理不尽に感じているようだった。沙紀と玲奈は「たしかに、それは厳しいね」と言っていた。
ときどき相槌を打ちながら弁当を食べていると、俊平が「涼、聞いてねえだろ?」と唐突に言ってくる。
「えっ?」と涼は箸を止めて顔を上げた。
その表情を見て、沙紀は「あっ、絶対聞いてなかった!」と笑い、俊平は「全然聞いてねえじゃん…」と呆れるように言った。
「いや、聞いてるよ」と涼は小さく首を振った。「フィジカル(トレーニング)になったやつでしょ?」
「いや、そうだけど…」と俊平は言った。「あれはおかしくねえか?」
「いや、まあ…」と曖昧に答えると、沙紀が「やっぱ疲れてない? 涼」と再び訊いてくる。涼は「いや、ちょっと眠いんだよ」と答えた。
昨日寝たとき、時刻は夜中の十二時を回っていた。普段は夜十時半までには寝るようにしているから、自分にとってはかなり遅めの睡眠だった。
それまで部屋で勉強していたけど、いつも以上にしていたわけでもなかった。普段とほとんど変わらない量だ。
毎日やるべきことを書き出しているから分かったし、何も詰め込みすぎたわけでもなかった。というか昨日は紙に書き出したことすらも終わらず、あまりにも遅くなってしまったから寝たのだ。
普段から一日ごとにやるべきことを紙に書き出して、それが終わるたびに横線を引いていくのだが、昨日は一個しか消せていなかった。たぶん集中力とかの問題だったし、たまにあることだった。
「大丈夫?」と沙紀が訊いてくる。
「そんな疲れてるのか?」と俊平も続けて訊いてくる。
「いや、疲れてるっていうか、単純に寝不足だと思う」
「うん」と沙紀は言った。「現代文の授業中も、少しうとうとしてたよ」
「珍しいな、こんな涼の姿」と俊平は意外そうに言った。「ちょっと寝れば? 昼休み中に」
「うん、そうしたほうがいいと思う」と玲奈は言った。「私たちが起こすよ」
「ああ、うん…」と涼は答えた。「ちょっとだけ寝ようかな」
「俺はさっきの授業で寝たから、今はもうまったく眠くねえぜ」
「ずーっと寝てていいよ、俊平は」と沙紀はわざと冷たいトーンで言った。
俊平が「それ、もう死んでるじゃねえか」と笑いながら言う横で、涼は弁当にふたをしてカバンへとしまった。その後に腕を枕にして頭をのせた。
そのすぐ近くで、俊平は一年の頃に授業中にいびきをしながら寝てしまい、先生から怒鳴られてしまったエピソードを話していた。その最後のほうから意識が薄れていき、涼は穴に落ちるかのように寝はじめた。
チャイムが鳴る数分前に右肩を揺すられて起こされた。顔を上げると、沙紀が「もうそろそろ鳴るよ」と教えてくれた。俊平と玲奈は知らぬ間にいなくなっていた。
「大丈夫?」と彼女が訊いてくる。「寝れた?」
「うん、だいぶ」と涼は目頭を擦りながら答えた。「あれ? 俺、何分寝てた?」
「何分? えーっと、たぶん二十分ぐらいじゃない」
「二十分か…」
「まだ眠いの?」
「いや、逆にすっきりしたから」
そう言いながら軽く伸びをすると、沙紀は「ほんと疲れてたんだね」と微笑むように笑った。涼は「うん……ちょっとね」と目元を擦りながら答えた。(第27話に続く)