第25話「ミニテスト」

長編小説

 朝がやってくると、いつものように一悶着が起こった。

 母は「早く起きなさい!」とカーテンをさっと開け、浩太は「分かったって…」とうっすらと目を開けた。

 寝ている間は気づかなかったが、目覚めてから寒さを強く感じる。だからずっと毛布に包まれていたかったし、このまま一日が終わってほしいとさえ少し思った。

「だから起きなさいって!」と母が布団の上から叩いてくる。

「もう起きてるっ!」

「だったら、身体を起こしなさい!」

 母が呆れながら部屋から出て行った後も、浩太は背中とベッドの間に毛布を挟みこませ、かっぱ巻きのような状態で寒さを遮っていた。でも、それも長くは続かなかった。

 再び部屋へとやってきた母に「いい加減起きなさいっ!」と剥ぎとられてしまった。

「遅刻するわよ!」と母は声を上げた。「そんなの、絶対に許さないからね!」

 ようやく浩太は嫌々ながらも起き上がり、震えた子猫のように洗面所へと向かった。鏡を見てみると、髪だけはびーんと元気そうに跳ねている。

 浩太は「寒い、寒い…」と言いながら支度し、いつもよりも少し遅れて家を出た。

 今日は補講授業という名の試験返却で、昼までには終わることになっている。弁当もいらないので、カバンは普段よりも軽かった。ただ、やっぱり寒いのがきつかった。

 昨日は今年初めて雪が降り、地面はうっすらと濡れている。カバンを重くしてもいい代わりに気温を上げてほしかった。そんな取引があれば、と少し想像した。

 学校に辿り着いたときには、最初のチャイムは鳴り終わっていた。朝礼五分前を知らせる予鈴だ。

 校門では、ジャージ姿の先生が「おい、急げよ!」と立っている。毎日ではないが、先生が立っているときもあった。右手には、テニスラケットが握られている。

 教室へと向かう途中、たまたま拓が少し前を歩いていたので早歩きで近づいていき、ぱっつんぱっつんになりそうな制服の上から肩を叩いた。

「ああ、浩太か」と彼は振り返ってから言った。

「今日寒すぎないか?」

「うん、これは寒いね。少し鳥肌も立ってる」

「何枚着てる?」

「ワイシャツとブレザーの二枚だよ」

「だから寒いんだよ」と浩太は笑った。「俺でも四枚は着てるぜ。セーターぐらい着れば?」

「いや、でもこのちょっと寒いぐらいがちょうどいいんだよ」

「何だよ、それ」

 二人が教室に入ったとき、本条先生はすでに教壇に立っていた。もちろん、麻里も座っている。学校に朝早く行くのがマイブームのようだ。

 「俺も行くぜ!」と何度か約束したものの、結局二、三回しか果たすことができなかった。

 チャイムの音が鳴るとすぐに朝礼がはじまり、先生は「終礼を早く終わらせるためにも、今のうちに配布しておきます」とプリントを配りはじめ、「保護者に向けてのものなので、ちゃんと渡してくださいね」と続けた。

 先生が教室を後にすると、一時間目の先生が入れ違うようにしてやってくる。手にはプリントを抱えていて、遠目からでも解答用紙だと分かった。

 あれは中間や期末試験ではなく、休み明けに行われたミニテストだ。

 西北高校には春、夏、冬休みの後にミニテストがあり、それは直接的には成績表に影響されないものの、先生によってはあまりにも悪かったら再テストがあり、それでも酷かったら再々テストという風に続いていく。自分は三回まで受けたことがあった。

 少しすると、周りから「うわあ、テスト返しだあ…」「ええ、何点だろう…」という声が聞こえてくる。浩太は無言でぽりぽりと後頭部をかいていた。

 文化祭や冬休みが終わってしまったので、今のモチベーションは次の土日だった。そこでスキーに行くことになっているのだ。それが授業を耐え抜く源のようになっていた。

 一時間目がはじまると、先生は「はい、返していくぞ」と名前を呼びはじめた。名前順に返されていくので、山村浩太の「や」は最後から二番目だ。

 でもだからといって、早く返却してほしいと思っているわけでもなく、最初でも最後のほうでもどちらでもよかった。

「はい、山村!」

 浩太は「はい…」と立ち上がり、だらだらと教卓に向かった。

「はい、もうちょっと頑張る!」と先生が渡してくる。「あと、返事ぐらいしろ」

「あっ、はい…」と浩太は言い返しもせずに受け取った。

 席に着く前に最後の名前が呼ばれ、先生は「おーい、席に座れ!」と続けた。

 その後に平均点が発表されると、浩太は自分の点数と比べて少し唖然としていた。今回は再テストを免れただろうと思っていたけど、平均点を知ってから陰りが出はじめていた。

「次に点数がよかった者だが…」と先生は紙を見ながら言った。

 今回は十三人が満点を取っていたので、その十三人だけが早口に発表された。上位三名ではなかった。

 ただ、そこに涼の名前が入っていなかったので、そういうときもあるのかと少し感じた。

 その後、先生のテスト解説がはじまり、授業は二十分ほどを残すところまで続き、そこからは自習時間となった。先生は教壇で椅子に座りながら本を読んでいる。浩太は頬杖しながら眠り、チャイムの音で目覚めていた。

 号令が終わると、麻里が「ねえ、何点だった?」とやってくる。浩太は開いたばかりの目を擦りながら机に視線を落とした。

「えっ、四十二点?」と彼女は解答用紙を見てから言った。

「…うん、そうらしい」

「『そうらしい』って…。ほんとに勉強しなかったんだ」

「俺は嘘つかないからな」と浩太はわざとらしく胸を張った。

「別に誇れることじゃないから」と彼女は小さく笑った。

「逆に何点だったの? 麻里は」

「そう、それを言いたかったんだ」と彼女は思い出すように言った。「八十二点だったんだよ。凄くない? 初めてだよ、こんな高い点とったの」

「八十二?」

「そう、八十二」

「へえー、凄いじゃん」

「うん、自分でも凄いって思っちゃった」

「たしかに、今回やたらと勉強してたからね」

「まあ、今回は結構頑張ったかも」と彼女は微笑んだ。「範囲も狭かったし」

 その後、浩太は筆箱からシャーペンを取り出し、自分の解答用紙の裏に絵を描きはじめた。彼女は隣の机に寄りかかりつつ、肩をだらんとさせながら見つめている。

 彼女から「何書いてんの?」と訊かれ、浩太は「棒人間だよ、棒人間」とだけ答えた。

「それぐらい分かるけど…」と彼女は言った。「なんで書いてるの?」

「別に理由なんてないよ。ただ書いてるだけだよ」

 その十数秒後、浩太は急にシャーペンを投げ捨てるかのように置き、「ああ、もうめっちゃ暇だあー」と伸びをしはじめた。

 麻里は「ほんと暇そうだよね」と微笑むように笑い、「体育祭とか文化祭のときは『時間が足りない!』とか言ってたのに」と続けた。

「まあね」と浩太も少し笑った。「でも今週の土日は、スキーしに行くぜ」

「えっ、浩太スキーするの?」

「父ちゃんがスキー好きなんだよ」

「あっ、家族で行くんだ」

「いや、俺と父ちゃんだけで行くよ」

「えっ、二人きりで?」

「うん」と浩太は頷いた。「子どもの頃から、ずっと付き合わされてるんだよ」

「へえー、仲いいんだね」

 その後もスキーの話を続けている途中、チャイムが「はい、終わり!」と言うかのように鳴り響いた。彼女は「うん、また後で聞かせてよ」と席に戻っていった。

 そのとき、ふと右のほうから視線を感じた。ほぼ反射的に顔を向けると、壁側に座る涼と目が合った。その後、お互いにさっと逸らし、同じく前を向いていた。(第26話に続く)

第26話「疲れ気味」

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