第24話「最後が終わっていく」

長編小説

 だんだんと最後と呼ばれるのが終わってきていた。最後の文化祭に、最後の修学旅行。

 西北高校には、高二の文化祭が一つの節目となっているような風潮があった。浩太は「特に帰宅部にとっては、この文化祭の終わりがね、勉強のはじまりなんだよ」と言っていた。それを聞き、何も帰宅部に限った話ではないだろうと思った。

 今は日本史の授業中で、あと五分ほどしかない。これが終われば、今日の授業も終わりだった。

 ふと後ろを見てみると、浩太は腕に頭をのせて寝ていた。「勉強のはじまり」と言っておきながら、結局文化祭前とたいして変わっていなかった。

 顔を前に戻したとき、ちょうど次の穴を埋める言葉が伝えられた。麻里は赤シートを被せると消えるタイプのボールペンで、プリントの穴埋め箇所に言われたキーワードを書いていった。

 それが今日最後のキーワードで、先生が説明している途中にチャイムが鳴り響いた。先生は聞こえなかったかのように説明し続けたが、急に区切りがいいところで「じゃあ、今日はここまでにします」と立ち上がった。

 号令後、麻里は日本史の教科書とかプリントを片づけ、いかにも眠たそうにしている浩太のもとへと向かった。

「また寝てたでしょ?」

「えっ、そうだった?」と彼はわざとらしくとぼけた表情を浮かべた。

「寝てたよ」

「いや、まあ、少しだけね」

 その後にプリントを見せてもらうと、ほとんどの穴埋めができていなかった。やっぱりな、と思った。「プリント貸さないからね」と言うと、彼は「いや、それは困る」と早口に言い返してくる。

 その言葉をスルーしてロッカーへと向かったが、結局扉を開けて閉めただけだった。むかしの癖で、授業後はロッカーに行くのが習慣のようになっていたけど、最近は家に持ち帰る教材とかも少し増えていた。

 教室に戻ると、化学とか世界史の授業を受けていた人たちも帰ってきていた。秋穂も戻ってきていて、もう支度が終わっているのか、カバンを枕にして静かに終礼を待っていた。どうやら眠たいようだ。

 自分が朝勉に誘ったからかもしれないと思い、そのまま起こさずに自分の席へと戻ることにした。

 ちなみに朝勉を教えてくれたのは香苗先輩で、いつかは忘れてしまったけど、高三になると学校に早めに来て勉強している人もいると話していた。

 当時は「へえー」という感覚だったが、学校とか部活から帰ってきてからは勉強できない自分には、意外と合っているかもしれないとも思うようになった。

 最近は朝早くに起きるのも苦に感じないようになってきたし、肌の調子がよくなっているような気もしなくはなかった。

 ただ、朝早くから活動しているせいか、この夕方あたりがすごく眠たくなる。彼女の気持ちもよく分かった。

 カバンに教材を入れた後、自分も枕にして休もうと思ったけど、その前に少し気になって見てみると、同じく朝早くから学校に来ていた涼は普通に俊平と喋っていた。

 

 自分への嫌がらせかと感じるほどに、冷たい風は真正面から吹いてきた。あまりの寒さに、麻里は顔の半分近くをマフラーにうずめていた。

 今日はたまたま早起きしたのもあり、いつも以上に早く登校していた。朝起きたときは太陽すら顔を出していなかったような気がする。家でじっとしているのも退屈だったので、ささっと着替えて「行ってきます」と家を出た。

 すっからかんの電車から降りてホームを歩いているとき、涼の背中が目に入った。朝練をするために早く来ているのは知っていたけど、具体的な時間までは分かっていなかったから、こんなに早く来ているのかと少し驚いた。

 彼は自分には気づかず、そそくさと歩いていた。白いエナメルバッグを左肩にかけ、両手をポケットに突っ込んでいる。また、まるで考え事をしているかのように首が曲がっていた。今日は寒いからか、いつも以上に猫背のようにも見えた。

 別にバレたくないわけではなかったけど、一定の距離を保ちながら追うように歩いていた。彼は周りの様子に目もくれず、黙々と少し寒そうに歩き続けている。

 校門を通り抜けると、そのまま校庭のほうへと左に曲がっていった。もちろん、自分は下駄箱のほうへと進んだ。結局、最後まで気づかれることはなかった。

 下駄箱で上履きに履きかえて、三組の教室まで階段を上がった。教室に入ってみると、数人の生徒がすでに勉強しはじめていた。秋穂はまだいない。

「おはよう」

 麻里は友だちの一人に声をかけつつ、なるべく音を立てずに席へと向かった。窓側から一列目の席だ。

 しばらくの間は周りに倣って勉強していたけど、外から声が聞こえてくると、つい窓の外に目をやってしまっていた。

 少しだけ木に被ってしまうものの、涼がシュート練習をしているのが見えた。キーパーは俊平だ。

 涼が少しドリブルしてから放ったシュートは、ゴール左側のサイドネットを揺らしていた。次のシュートはキーパーとの一対一で、冷静にタイミングをずらして右隅に決めていた。

 そんな様子を見ながら、最初の会話を思い返していた。あれはじゃんけんで負けて荷物番を任されたときだ。

 マネージャーは荷物番をしなくてもいいときもあったけど、試合によってはじゃんけんに参加させられることもあった。当時は結構多かった。

 相棒が涼と決まったとき、これがいいことなのか、よくないことなのかが分からなかった。

 もちろん彼のことは知っていたけど、少しとっつきにくいイメージがあった。俊平のほうがよかったような気もしたし、涼と二人きりで喋ってみたいという想いもなくはなかった。

 ただ、最初は会話らしい会話もなかった。荷物の向きとかを揃えた後、二人とも携帯をいじりながら、次の荷物番が来るまで待っていた。

 他の高校が来て騒がしくなったタイミングで、たしか自分から話しかけたような覚えがあった。何と声をかけたかまでは思い出せない。というか、その後のことのほうが印象的で覚えていた。

 彼に妹がいるのも、県選抜で落ちたことも、海外サッカーが好きなのも、あのときに初めて知ったことだし、何よりもサッカーについて熱く語っていた姿は覚えていた。

 そんなに喋らない彼がすごく話していたから、本当にサッカーが好きなのだあと感じたし、やっぱり自分とは違うタイプなのだなとも少し思った。

 彼はもう覚えてすらいない出来事だろうけど、そんなこともあったなあと懐かしみながら思い返していた。

 再び顔を机に向けたとき、誰かが机にカバンをのせる音が聞こえてくる。目を向けると、秋穂だと分かった。

「麻里、今日早いね」

「うん」と麻里は頷いた。「たまたま早く起きたから、もう早めに来ちゃった」(第25話に続く)

第25話「ミニテスト」

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