第18話「あくまで好きと伝えるだけ」

長編小説

 日の光は降り注いでいるけど、暖かさはまったくといってなかった。飲み物を外に置いていれば、たぶんすぐに冷めたり、冷えたりするような寒さがあった。ちょっとした冷蔵庫のようだ。

 風は草先が少し揺れるくらいにしか吹いていないので、ただの枝先でもどっしりと構えているようにも見えた。感覚を研ぎ澄まさないと、どこから吹いているのかも分からない。脆く弱々しい風だった。

 浩太は気晴らしのために多目的室のベランダにいた。少し煮詰まった頭を冷やしていた。

 多目的室に集まってから一時間ほどで、黒板には余白がなくなるほどにアイデアが箇条書きされているけど、どれにするのかまではまだ絞れていなかった。文化祭までは、あと一か月ちょっとだ。

 また今日は中間試験の二日目で、ちょうど前半戦が終わったところだ。明日、明後日の土日を挟み、来週の月曜日から後半戦がはじまる。中間試験は四日かけて行われるので、まだ半分くらいも残っているのだ。

 ただ、ほとんどの人が集まってきてくれていた。メンバーには「来れる人は来てください」としか言わなかったけど、ほぼすべての人が多目的室にやってきてくれた。

 メンバーから聞いた話によると、今日来られなかった人も試験勉強以外の用事があるそうだった。

 もちろん、麻里も予定通りに来てくれていた。正直なところ、それが何よりだと感じているところもあった。

 夏休みが終わった直後、美香から「もう別れよう」と告げられた。自分は「…そうだね」とだけ答えた。あっさりとした別れだった。といっても、予兆はあった。

 最初からとまではいわないけど、二人が合っていないことは薄々感じていた。美香は自分のことを少し見下しているような気がしたし、そんな彼女と一緒にいるのが億劫になっていた。

 最後のほうは、お互いに暇つぶしで会うような関係にもなっていたし、彼女から「今日は会えない」と断られるようにもなっていた。結局夏休みは、四回しか会っていなかった。

 彼女と別れた後、まるで吸い寄せられるかのように見るようになっていた。もちろん、麻里だ。

 正直なところ、むかしにも恋人にしたいなあと思った時期があった。

 ただ、その頃にたまたま他校の女子と出会って付き合うことになり、麻里への想いも次第に薄れていった。

 しかも、その恋人とは長く続いた。彼女との別れが決まったときは少し泣いたし、理由も親の転勤による引っ越しだったから、しばらく引きずったのを覚えている。

 その後に慌てるように付き合ったのが美香だったけど、結局半年も経たずに別れることになってしまった。

 二学期になると、また新しい恋人がほしくなっていた。というか帰宅部で、恋人もいなくて、ずっと家にいるのは嫌だった。あの頃には、もう戻りたくない。

 ただ、かといって美香のような女子と付き合う気にもなれなかった。ルックスだけでいえば、美香は一番よかったかもしれない。沙紀ほどではないものの、どちらかというと、彼女に近いタイプだ。

 そんなことを考えているとき、たまたま小学校の卒業アルバムを見る機会があった。

 去年屋外イベントのネタを考えているとき、たしか来年用にメモを残していたような覚えがあったので、それを探している最中だった。

 普段なら見向きもしなかっただろうけど、そのときは初めて好きになった女子のことが気になり、少し埃をかぶった薄い緑色の卒業アルバムを取り出してみた。

 その子は華があるわけでもなかったし、周りの目を惹くようなルックスでもなかった。彼女よりもかわいい子は他にもいた。

 ただ、ずっと想いを寄せていたのは間違いなかったし、結局告白することもできずに終わったけど、何も苦い思い出として残っているわけでもなかった。

 急に久しぶりに顔を見たくなり、彼女が写っているページを探した。そこを開いたとき、ちょっとした衝撃が走っていた。麻里にすごく似ていたのだ。

 そっくりとまではいえないけど、どことなく同じような雰囲気が漂っていた。今まで気づかなかったのが不思議なほどに、二人にはすごく似たような雰囲気があった。

 しばらくの間、何度もページをめくるようにアルバムを見続けていた。こんなにアルバムを見たことはなかったし、ずっと避けてきたところでもあった。

 小学校時代の自分は決して明るいほうではなかった。友だちという友だちもいなかった。今の自分からも見ても、誰かが友だちにしたいと感じるようなやつではなかった。小学生ながら卑屈だったような気もする。

 そんな自分に、たくさん声をかけてくれたのが彼女だった。グループを決めるときとかも積極的に声をかけてくれ、自分が輪から外れないようにしてくれていた。彼女に助けられた場面も一度や二度ではなかった。

 そこまで気にかけてくれた理由は分からなかったし、一度も「ありがとう」と言えていないのが心に引っかかっていた。彼女とは別の中学に進んだのもあり、中学生になってからは一度も会えていない。いま何をしているかもまったくといって知らなかった。

 いろいろと考えているうちに、徐々に緊張しはじめているのが分かった。

 今ならまだ引き返すこともできたが、もちろんやめるつもりはなかった。あくまで好きと伝えるだけなのだと言い聞かせるように思ったとき、教室内から「浩太! もうそろそろはじめようぜ」と声をかけられた。

 

 五十個以上の仮ネタを決め終えて解散になると、みんなは少し疲れ気味に教室から出ていった。何だかんだで、四時間近くも経っていた。

「ねえ、これからほんとに行くの?」と麻里が声をかけてくる。

「えっ、もちろん」と浩太は即答した。

 今日は、隣に玲奈はいない。チア部として野球部の試合に同行しているから、今日の集まりには参加していなかった。

 それも事前に知ったうえで、昨日の夜にメールで誘っていた――〈明日、トミフルに一緒に来てほしい〉。

 トミフルは大型のホームセンターで、ちょっとした文房具から本格的な登山グッズまで取り扱っている。文化祭で必要なものはトミフルで買うことも多かった。最寄りが堀田ほった駅なので、西北高校の生徒も帰り道に寄りやすいのだ。

 西北高校の最寄り駅には小瀬こぜ駅と塩里海岸前しおさとかいがんまえ駅があり、ほとんどの人が塩里海岸前駅を利用していて、たいていの人は終点・堀田南ほったみなみ駅まで行くことが多い。

 そこから堀田駅まで歩いて、それぞれの路線に乗るのが大半だ。麻里とは堀田駅まで一緒だった。

 全員が出ていった後、浩太は教室の電気を消して廊下へと出た。今日は中間試験だったのもあり、廊下はいつになく静かだった。

「ねえ、試験できた?」と麻里が歩きながら訊いてくる。

「いや、全然。いつも通り」

「私もやばいんだよね」と彼女も小さく笑った。「数学できた?」

「いや、記述のところ全部空欄にした」

「あっ、私も! 全部じゃないけど、大問二のところが分らなすぎて、テキトーに書こうと思ったけど、テキトーにすらも書けなかったよ」

「大問二って、どんな問題だったっけ?」と浩太は笑いながら訊いた。

 校舎を出ると、いつの間にか風が出てきていた。グレーのセーターを着た麻里が「それだけじゃ寒くない?」と訊いてきて、浩太は「うん、結構寒い。俺も明日からセーター持ってこようかな」と指先を温めるように握った。

 その後は来週から行われる現代文とか、英語のテストについて話していた。彼女は英語だけは自信があるようだったけど、選択科目の生物と日本史はほとんど手もつけていないそうだ。

 二人はゆっくりとしたペースで駅まで歩き、十分ほど待ってがらがらの電車に乗り込んだ。大きな窓から見える海岸には、ほとんど人がいないようだった。

「今日、何買うの?」と隣に座る麻里が訊いてくる。

 浩太は「えーっと、これだよ」と言ってから携帯を取り出し、文化祭の買い物リストとしてメモした画面を見せた。彼女が「ちょっといい?」と手を伸ばしてきたので、浩太は「ああ、うん」と携帯を手渡した。

 彼女が小さくあくびをしながら画面を見ている横で、もう一度心の中で言い聞かせていた。告白は、あくまで好きと伝えるだけなのだ。

 ただ、それで緊張が和らいだかどうかもよく分からなくなっていた。(第19話に続く)

第19話「冬のはじまり」

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