可愛い母を亡くして気づけた生死の厳しい不文律【死は絶対の別れ】

ショートエッセイ
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 本当なら心躍る季節の初夏に、母が亡くなってしまいました。可愛い人でした。

 長寿の家系で女性はみな100歳以上生きていたので、母も長生きすると信じていました。家庭を持たない私にとって、母は母親、戦友、時には我が子でもあり、仕事に苦しむ私の防波堤でした

 他県に職場がある私は週1新幹線で母の元に帰っていました。2人であちこち旅行もしました。仕事で悩む私のせめてもの親孝行です。大学を出て以来8回くらい転居しましたが、その都度母は場所の確認にどこまでも来てくれました。

 今の住居は地方都市の母と同じマンションの別室、私の終の住まいとして見つけてくれた場所。つまり娘の住居を年頃から最期を迎えるまで探してくれた訳です

 この過干渉が、若い時は堪らず大喧嘩に発展したこともあります。母のせいで別れた人もいます。

 結局私は結婚に縁がなかったようで、惜しい人は一人もいないです。私はアメリカに弟がいるきり東京在住で、友人知人もいない終の住まいは決まったが、母に大病が見つかりました。高齢なのに長時間の手術も耐えていました。

 残り僅かの母との時間を後悔しないため、私は早期退職を決めました。手術は成功したが半年後に再発します。母との短い時間を濃密に過ごし、その後のことは考えなかったです。

 母はよく「あなたがいるだけで幸せ」と言い、私の言葉で一番好きなのが「ただいま」だとも言っていました。

 私が旅行に出る朝4時、手紙とお餞別を入れた封筒が必ず枕元にありました。仕事環境が辛すぎて「仕事で一流になる」から、人生の目標が「母を幸せにする」に変わっていました。母は「ありがとう」を繰り返して静かに亡くなりました。

 「死は絶対の別れ」と仏門にいる友人が言っていましたが、できること全てしても断腸の思いの後悔に駆られます。母が生きているその奇跡を感謝できなかったからです。

 なぜあの手を引くたび、一緒に笑うたび、今奇跡が起きていると気付けなかったのか? この後悔を苦しみ抜いて、過去の無数の奇跡にただ感謝するべきです。

 同じ後悔に苦しむ皆様にも、その苦しみの中からやがて鮮やかな生きる決意が湧いてきますように。

この記事を書いた人
hime

国内外一人旅、海が好き、ダイビングも好き。高野山が好き、温泉大好き、珈琲大好き。ドラマはオンエア中は見ないで、評判を聞いてからソファに横になってタブレットで無料で見るのが好き。スパが大好き。ゴロゴロして本を読むのが大好きです。

ショートエッセイ
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